映画「サカサマのパテマ」オフィシャルサイト
主演、藤井ゆきよさん。
主人公エイジとヒロインパテマの不思議世界なボーイミーツガール系映画。
約100分に渡るアニメーションは、
世界設定を上手く活かした特殊なアクションで目まぐるしく動く場面から一転、ゆっくりと美麗な風景に没入させたりと、
緩急がハッキリして退屈にさせない構成です。
この物語に主人公、ヒロインはそれぞれいるのですが、何を軸に楽しめば良いかというと「世界」だと思います。
世界が、画面がアクションする、という表現がしっくりくるかもしれません。
非日常的で、それでも現実世界に通じるところのあるこの世界をテーマにしながら簡単に感想を書き留めていきます。
読んでから観ても楽しんで見られる程度には核心に触れないようにしますが、一応以下ネタバレ注意ということで。
・話の軸であり、テーマとなる「世界」
分かりやすくどこかが"物理的に特殊"な世界設定は、
物語を解釈する目線を簡単に非日常へ連れていってくれるもので、
それゆえ、ごく普通の行動や現象であっても、「もしこの世界でこういうことがあるとどうなるのか」みたいなワクワクを常に与えてくれます。
この作品において特殊な点、それはヒロインであるところのパテマの重力がサカサマであることなのです。
…なんてことは察しのいい人ならカバーアートやタイトルを見て気付くことでしょう。
主人公、エイジの生きる土地"アイガ"から見るとパテマは「サカサマ」。
一方、その逆方向の重力が適用されている空間で生きていたパテマから見ると、エイジや、アイガ世界そのものが「サカサマ」なのです。
アイガは規律や規則に厳しく、しかし先進的という、典型的な独裁社会。
一方パテマ達の世界は、アイガの主導者曰く「罪人達」の社会。
「過去にあった重力実験で大失敗し、重力がサカサマになってしまい、全ては空に落ちた。
空に落ちた人々は罪人であり、落ちなかった我々こそが真の人間。」
というのがアイガ世界の常識。
アイガの空は罪人達が落ちていった場所だから汚らわしく、空を見ること自体が忌避されています。
ではパテマ達の世界はというと、アイガの上下サカサマに位置する…つまり地下に存在するのです。
パテマ達は罪人でありながら地下に逃れ生きている、というのがアイガの考え方。
これらの設定を利用して、この映画は作中で何度も上下が逆転します。
基本的には上下はそのシーンの重力法則に従っているのですが、
例えばアイガ世界にいるパテマ主観のシーンでは、あえて上下を逆に映すことで「空には落ちるものだ」とすら視聴者に錯覚させます。
これは実際に観なければ説明が難しいのですが、非常に面白い。
繰り返し起こるサカサマの逆転が一番の見所です。
前述した「画面のアクション」とはこのことで、台詞でくどく説明することなく、効果的にこの世界がどういう構成になっているか知らせます。
が。序盤に把握できるその世界の構成は正解でありながら、同時に錯覚です。
最後まで観ると、二度騙された事に気付くでしょう。
世界が広がっていく感覚は、それらを理解した時に痛烈な快感をも与えます。
・パテマとエイジ
最初から最後まで結構キャラは出てくるんですが、基本的にこの二人にスポットを当てて進行します。
ひょんなことからエイジの世界に舞い込んでしまったパテマは、エイジと重力が上下サカサマ。
恐ろしく、底のみえないほど深い空に落ちてしまいそうなパテマ。
パテマのサカサマ重力に捕まって、ほんの少し空を飛んでしまうエイジ。
飛んでしまう、とは言ってもパテマからすると落ちているわけで大変です。
初めて俯瞰でアイガ全体の様子を眺めることができたエイジは…。と、後の展開に繋がります。
パテマはエイジの世界では、天井だけが行動範囲です。
そこをはみ出すと深い深い空が常に下に広がっているわけですから、高所恐怖症でなくてもそれは怖いでしょう。
そんな中、空を見ることは悪いことと教えられるアイガでエイジはとある理由で空を見るのが趣味で、
エイジはパテマに、空に落ちる恐怖、足をつける地がない恐怖を理解しないまま空を見ることを勧めます。
この恐怖は世界に次ぐテーマになっているため、パテマの置かれている状況をどれだけ想像でき、どれだけ共感できるかでが終盤の納得度合いに繋がるでしょう。
それからこのエイジとかいう野郎、
ずーっと作中パテマが空に落ちないように手握ったり抱き付いたりしてやがる上に(体勢的にパテマの胸が顔のあたりにくる)、
パテマに会ってすぐ惚れたっぽくてちょっと早すぎだろとは思うんですが、
まぁ藤井ゆきよさんの声が口から出てきたらそりゃ大体惚れるだろうし許してやるかって感じです。
あぁでも終盤のアレは絶対許さないぞエイジ…。
・作品に籠められた風刺と皮肉
この物語における地上世界、すなわちアイガは、分かりやすいくらいにディストピアとして描かれています。
学校らしいとこに通う人の目がみんな死んでます。
小者臭漂うものの、唯一純粋に悪役と呼べる指導者は、
「自分の治めるアイガこそが正義、自分の臣民こそが真の人間」と考え、
地下世界の住人を排斥しようとしたり、大昔空に落ちた人々を罪人として扱ったり、
治安警察を自分の手足のように使ったりと集中した権力を武器にして独裁やりたい放題。
自分が正しく、自分の政治が正しく、自分の臣民が正しく、それ以外は間違いであり罪である。目を向けることも許さない。
現代社会にも通じるところがあり、各シーンでヒヤッとさせられます。
最後には、そのアイガ主導者の思想が実は…、というサカサマな展開が。
意味わかんねーって人は「アイガ」をサカサマに読むとヒントになるかも。
このアイガの悪役もホント性格悪いクソ野郎なので、最後の風刺的な展開が理解できたらちょっとスカッとするかも。
・気になった点
あんまり批判的に見ない人間なので、不満らしい不満は特にないんですが、
少し気になった点はあったのでいくつか。
「モブキャラ以上、サブキャラ未満の存在意義」
話が進む上で、しっかりと顔が描かれて台詞も喋るものの、登場の仕方が中途半端、というのが数人。
100分という微妙な時間の中で上手く活かせなかったのかもしれませんが…。
「物理的におかしなサカサマ描写」
ときどき"ここに重心あるんだからサカサマだとこうだよな…"と疑問が浮かぶシーンがあります。
具体的に一つ言うならパテマの足枷がついたまま歩くシーン。
「エイジとパテマのあのシーンはどこまでやったのか」
サカサマだとすごくアクロバティックな体位できそう。なんでもないです。
・総評
普通に面白かったです。面白いというより楽しかった。
何度も言いますが、「映像そのもののアクション」が心地良い。
別に難しいこと考えずに観てていいんですが、とにかく作中の世界についてだけは終始頭ひねってた方が良さそうです。
目当ての藤井ゆきよさんの声も普段聴く声とは少し違う感じで良かった。
あえて初めから映像をサカサマにして見てみようかなと思います。パテマの恐怖を知るために。